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つれづれなるブログ

心にうつりゆくよしなしごとを綴ってゆきます。

人に寄り添う励まし方

段々寒くなってきましたか、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
私は献血前に数分外に出ただけで手が尋常でなく冷え、献血中左腕をカイロまみれにされたりしましたが元気です。


今回は、「励ましの言葉」について少し話します。

「周りも同じ」って言われても…

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「つらいのはお前だけじゃない」「他のやつも同じだ」「周りにはもっと辛いやつがいるんだ」ってよく聞きますよね。


僕ははっきり言って、これらの言葉が虫酸が走るほど嫌いです。でも、なぜかって事はずっとわからずに来ました。


そんなときに見つけた言葉がコレです。



この言葉を見て、長らく感じてたモヤモヤがすっと引いていくのを感じました。


励まされる側からの思い

つまるところ、それを言われたところで何も変わらないんですよね。
自分が辛い思いしてるところに「周りも辛いんだ」なんて言われて、「あ、じゃあ頑張れるわ」ってなるか、って話なんですよ。少なくとも僕はなれません。
自分より下を見たところで、今の自分の状況が変わるわけではないんです。


僕は「今」「音をあげるくらい」辛いんですよ。他人の辛さと比較している余裕なんてないんです。そこでそんな事言われても立ち上がる気力なんて沸きません。精々立つのは腹くらいです。


それに、「同じ事をやっている=同じ辛さ」ではないと思うんです。人はそれぞれ体格差も内面の差もあります。同じ事やったって、同じ目に遭ったって辛さも感じ方も違うのは当たり前でしょう。


それをこういった言葉で一纏めにしてしまうのは、ちょっと違うのかなーと思います。


しかし励ます側からみると…

ただ…自分が励ます側に回ったとき、やっぱり思うことはあるんですよね。「周りはもっと~~なのに」「俺だって~~なのに」って。


自分が味わったから、周りの状況を目の当たりにしているから、言いたくなるんだと思います。「なんでこんな事で」と。「俺だって辛いの我慢してるのに、こいつは簡単に弱音吐いて」と。


でも、そういった声をかけられた側は余計つらいと思います。周りと比較しての言葉だから。辛いのをわかってくれていないように感じるから。自分の事だけを見てくれての発言ではないから。


そういった時にそれらをぐっと飲み込んで、例えば運動部の練習中なら「もうちょっとだ、頑張ろう!」、普段のことなら「わかるよ、その気持ち」って励ましたり、共感してあげられたら、言われた側はどれだけ救われることでしょう。



もちろん、言葉をかけてくれるってことは凄くありがたいことです。励ましてくれるって、とても嬉しいことです。僕も誰かの言葉や励ましのお陰で頑張れたこと、たくさんあります。


ただせっかくなら、自分のような思いをする人が出ないように、そういった言葉を使わず、一人一人の辛さをわかった上で言葉をかけられるようになりたいと思う今日この頃でした。


格好よくまとめましたが、私は過去に「そのうちいいことあるよ」と無責任全開な励ましを多用していた時期があります。非常に情けないことです。…この記事、真っ先にその時の自分に見せたいなぁ…