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つれづれなるブログ

心にうつりゆくよしなしごとを綴ってゆきます。

「出会いは人生の宝探し」


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先日、最後のゼミがあり、終了後に殆どの4年生と何人かの3年生で飲みに行って来ました。


今だから話せる就活中の話をしたり、今までのゼミの事を話したりと、楽しいひとときを過ごせました。飲み会は苦手ですが、行ってよかったと思います。


色々ありましたが、このゼミを選んでよかったな、と思える最後でした。


しかし第一印象は…

正直言って、最初は同期のゼミ生が苦手でした。なんと言えばいいのか、びみょーに「合わない」気がしてたんですよね。


その勘はなんとなーく当たってて、かたや飲み好きの人達、かたや飲み会大嫌い芸人と、見事に別れていたわけです。


他にも価値観が合わなかったり、いじられキャラとは言えディベートの役目を無理に押し付けられたりして


「あ、やっぱり合わないわ」


って不満が溜まっていったんですよね。
「この人達は自分の事をわかってくれないだろう」
とも思ってました。


そんなわけで、2年あるうちの1年半近くは微妙な距離を取りながら来たわけです。


変わるきっかけ

で、昨年の下半期辺りに自分の事を見直す機会があり、ゼミの事についても考えてみたんですよね。


そこで、気付いたんですよ。
自分から歩み寄ろうともしないのに「合わない」って変だって。自分から自分の事明かしてないのに、「わかってくれない」って言うのはおかしいって。


今までの友達の事を考えても、自分が合わせてる部分って少なからずあるんですよね。
全部自分を押し通して仲良くなれることってなかなかないと思います。多少合わなくても、仲良くなりたいから合わせるんです。


でも今回はそれが全くなかった。仲良くなろうとすらせず、さっさと見切りを付けていたんです。


実際に関わってみてどうしても合わないなら、それはそれでいいんです。
ただ僕の場合は違ったんです。関わる前に心を閉ざしてしまってたんですよ。


ちょっと違うから。
ちょっと合わないから。


深いところまで知る前に関わるのをやめていたんです。


そう考えたら恥ずかしくなりました。
向こうは飲みに誘ってくれたり、僕と話したいって思ってくれていたのに、僕はそれを無下にし続けたわけですから。


今更仲良くなれるかわからないけど、僕はそれから少しずつ、自分の事を話すようになりました。


で、冒頭の飲み会の時、初めて自分の深いところまで話したんです。
そしたら、みんな親身になって聞いてくれて。


「ここまで黙ってないで話してほしかった」


って言われて。わざわざ個人的に連絡してきてくれた子もいて。


なんて勿体無いことしてたんだろうって。普段だけ見てわかってなかったのは自分の方だったって、思ったんです。


「出会いは人生の宝探し」

第一印象で「この人とは合わないな」って感覚を感じたことは誰しもあると思います。
でも、そこで関わるのをやめてしまうのは勿体無い事だと思うんですよね。だってまだ全然相手のことを知らないんですから。


普段みんなの前で出てる部分しか見てないだけで、考えてることとか、価値観とか、わからない部分はまだまだあるわけですからね。


中学の先生が
「出会いは人生の宝探し」
とおっしゃっていたことを思い出します。


元々の意味は
「一つ一つの出会いは奇跡的な物=宝物だから、人生で多くの宝を見つけて欲しい」
的な物だったと記憶しています。ただ、今回の件で僕はこう思いました。


一見ゴミにまみれて値打ちがないものに見えても、よくよく見たら古代の財宝かもしれない。逆に綺麗なものでも、贋作で値打ちがないものかもしれない。


大切なのは、自分にとって本当に価値のある、唯一無二の宝を捨ててしまわぬよう、一つ一つの出会い=宝物をしっかり時間をかけて見極めることなんじゃないか、と。


ただの決めつけで大切なものを失うことのないよう、気を付けようと思った1月の終わりでした。



ちなみに最近友達に転居を手伝ってもらったのですが、その際「ゴミが多すぎる」と言われたのは、そこから本当に大切なものを見極めようとしていたからです。

…ええ、本当ですとも。ええ。